【後編】西村先生に伺う健康寿命を延ばす
『“適糖”生活®』について

2024.01.29

幸せ

基調講演の後、参加メンバーから西村先生(駒沢女子大学人間健康学部健康栄養学科教授・公益社団法人東京都栄養士会会長)へ糖や健康に関する質問や感想がたくさん寄せられました。西村先生との質疑応答には“適糖”生活®の浸透に向けたアドバイスはもちろん、一個人として“適糖”生活®を実践するにあたってのヒントが散りばめられています。

Q1糖質を過剰に摂ると糖尿病に近づくのでしょうか?


糖質の過剰摂取=糖尿病になるということではありません。たとえば糖質を毎日過剰に摂り続けると糖尿病になる可能性はありますが、実はそれだけが糖尿病の原因ではありません。糖尿病になった後に糖質を過剰に摂れば高血糖になります。いずれにしても、過剰摂取は避けるべきだと思います。

Q2“適糖”生活®における望ましい食事とは?

ご存知のように、日本の和食はユネスコ無形文化遺産に登録されるほど世界的に認められています。ひと昔前の和食ではなく、現代の和食のバランスがまさに“適糖”生活®に相応しいと考えます。一汁三菜で食事を摂ることを推奨します。

Q3世界保健機関(以下WHO)では1日25gの糖類摂取量が適切という方針を示しました。糖類と糖質の違いを含めて、先生の見解を聞かせてください。

糖質と糖類は別物として考える必要があります。糖質は炭水化物から食物繊維を除いたもので、炭水化物はエネルギーの中心です。一方で、糖類は糖質の一部であり、一般にいう甘味料です。WHOが謳っているのは、あくまでも糖類の話。糖類25gと糖質25gと勘違いし、「糖質25gまで減らさないといけないんだ!」と間違えてしまう人もいるでしょう。それが非常に怖いと思っています。
糖質量は、かなり厳しい制限をされた糖尿病患者であっても最低で120g/日は必要とされています。誤解してほしくないのは、WHOが提示する25gはあくまでも甘味料としての糖類が25gであることです。人は眠っていても脳は100g以上のブドウ糖を使います。ですから、少なくとも糖質は一日に120gは摂る必要があります。通常、我々は300g/日前後の糖分、カロリー換算して1200kcalの糖質を摂取しています。1日の必要摂取カロリーは2400kcalですから、50%は糖質で摂ったという計算になるわけです。

Q4ケトジェニック、ロカボなどが流行していますが、糖分過不足によってバランスが崩れると身体にどのような影響が出るのでしょうか?

脳への影響、腎機能の低下はお話した通りです。もう一つ忘れてならないのは、ブドウ糖が不足したとき生成されるケトン体の影響です。これは酸性物質で、脂質をエネルギーに変える際に発生し、血液を酸化させる働きがあります。これにより、動脈硬化が進んだり、意識喪失といった障害が起きてしまうことも。ケトン体の上昇は身体にとって、とても負担になります。

Q5糖質が不足した場合、働き世代においてはどのような影響がありますか?

間違いなく、仕事の能率が上がらないでしょう。能率を上げるためにはちゃんと脳を動かすことが大切であり、糖質不足は避けるべきだと思います。働き盛りの人たちは糖質をしっかり摂り、仕事の成績を上げて、尚且つ体力も維持することで、将来のフレイル予防にもつながるのではないかと私は考えています。

Q6スローカロリーの効果など“適糖”生活®を実施する手段として、手軽に工夫できることはありますか?

食べ順は、これまで野菜から食べる「ベジファースト」が推奨されていました。ところが糖尿病の最新の論文では、圧倒的に「たんぱく質ファースト」です。魚、肉を先に食べ、後から野菜を食べ、最後に炭水化物と順番を変えるだけで、食後の血糖値の上がり方は緩やかに変わります。メカニズムとしては、小腸に食べ物が入ってくると、膵臓に対してインクレチンというホルモンが働き出してもうすぐ血糖値が上がるよとサインを出します。インクレチンによってインスリンの分泌の準備ができるわけですが、インスリンの分泌を促すインクレチンは、魚や肉に含まれる脂が一番合図を出すんです。確かにベジファーストが食後の血糖値の上がり方を緩やかにするのは間違いないのですが、そこにインクレチンも加えることで、さらに血糖が上がりにくくなるため、最初に魚や肉、次にベジセカンドが理想的だということです。

Q7そもそもなぜ高齢者になると糖尿病のリスクが上がってしまうのでしょうか?

インスリンはブドウ糖を血液の中から筋肉へ運び入れているホルモンです。インスリンは膵臓から分泌されるのですが、加齢によってそれが徐々に減っていくことがリスクの一つです。分泌されたインスリンを受け止めるのは筋肉のため、筋肉が落ちることで運び入れ先が減ってしまい、結果的に血液の中でだぶついて血糖値が上がります。だからこそ、筋肉を減らさないことが血糖値を低く維持するためにも重要なのです。予防のためにも、たんぱく質をしっかり摂って筋肉を保つことが大切です。

Q8日本人の生活環境に合った糖質摂取方法がありましたら教えてください。

できるだけ単純糖質は避けるべきです。吸収が早く、すぐ血糖値が上がってしまいます。パラチノースなどのゆっくり糖分を吸収させていくような複合糖質を活用することが最も重要です。食後の高血糖が一番のリスクです。白米を雑穀入りや麦飯、玄米に変えるのも一つです。BMI値も目安となりますが、特に若いうちは体重と体組成を測り、筋肉量がちゃんと保たれているかを知っておくことが大事です。体重に比例して骨密度は変わり、負荷がかかればかかるほど骨をつくる骨芽細胞が活性化されます。そのため、痩せ型より肥満型の方が骨密度は高く、痩せ型は将来的に骨がもろくなりやすい傾向があります。筋肉量が少ないと骨折リスクや転倒のリスクなどが高まりますので、習慣的に体重と体組成を測り、筋肉量を維持していただければと思います。

Q9“適糖”生活®を広めていく上で、高齢者と子ども、働き世代の他、アプローチすべき糖分過不足が懸念される世代とは?

痩せ志向が強い10〜20代の女性ですね。気になっているのは、痩せ型の妊婦さんが低体重児を出産するケースが増えていることです。しっかりと栄養が摂れていないまま妊娠し、低体重児で生まれた場合、将来、生活習慣病にかかりやすい傾向があります。元気に産まれ、元気に育ってもらうためにも、お母さんが痩せ型であるのは望ましくありません。ぜひ10〜20代女性をターゲットに入れてもらいたいと思います。

Q10内臓脂肪をためやすい生活とは?

運動不足と夜型生活です。時間栄養学において、20時前に食べるものと20時以降に食べるものでは蓄積の仕方が違うと言われています。できるだけ早い時間にエネルギーのあるものを食べ終わることが重要です。仕事などの都合で実現が難しいかもしれませんが、遅い時間の飲食を避けてしっかり睡眠をとることが内臓脂肪をため込まない生活へとつながります。

Q11ビタミン、微量栄養素についてどのようにお考えでしょうか?

とても大切な質問です。本日は糖質を中心に話しましたが、ビタミン、ミネラルは人間にとって欠かせない栄養素です。エネルギーになるものではありませんが、人にとって必要なもので、不足すると健康障害が起きてしまうことも。フレイル予防の観点から見ても、疾患のある方や高齢者は糖質をしっかり摂ることが大切です。

参加者の声

  • 健康維持には太らない事が重要と考えていたが、逆に痩せすぎも認知症リスクだという事に驚いた。自分は痩せ型であり、老後はまだ先だが、今のうちから糖質もしっかり摂取して、適切な体重(BMI)維持に努めていきたい。
  • 高齢化が進む現代において高齢者の健康ばかり考えていたが、40~50代やフレイル層の人たちの健康が今後の高齢者社会に影響を与えると聞き、勉強になった。また、糖質が不足しがちな若い世代や妊婦さん、働く世代にも糖尿病のリスクがあると知り、自分自身にも身近な問題だったと気づかされた。若いから大丈夫、ではなく今のうちから健康な生活を意識していきたい。
  • 講演会を聴講して、自分だけでなく身近な人の栄養状態を考えるきっかけになりました。食べることが大好きでBMIが高めの祖父母は、90歳でも元気なので、BMIが高いと、生存率が高いというお話はとても納得できました。自分の親も、数年後には高齢者の部類に入るため、普段の食事や栄養状態に気を付けて生活してもらおうと思います。
  • 私自身は砂糖の適切な摂取が重要なことは理解していますが、世の中では「砂糖=悪者」という図式は払拭できていません。西村先生のお話は適糖生活®の重要性をサポートするものでもあり、これからも我々は砂糖を含む糖分摂取の正しい知識を後世に伝えていく活動をする重要性を再認識することができました。

幸せ分科会では、“適糖”生活®の浸透に向けて取り組み案をモデル構築しています。その実践に向け、今回の西村先生のお話は大いに参考になるものでした。これからも幸せ分科会は、日々の生活に於いて適度な糖分を摂取 する“適糖”生活®の周知に注力し、砂糖に限らず糖全体をバランスよく摂り続けることを広く提案したいと思います。

西村一弘先生
公益社団法人 日本栄養士会 常任理事、公益社団法人 東京都栄養士会 会長、社会福祉法人 緑風会 緑風荘病院栄養室 運営顧問、駒沢女子大学 人間健康学部 健康栄養学科 教授。糖尿病の栄養療法を専門とし、各方面で活躍。一般社団法人スローカロリー研究会の監事を務め、緑風荘病院では、糖尿病患者を中心に糖質の吸収速度をゆっくりとさせるスローカロリーな食事を提案・実施している。